クレー射撃トラップ種目の中山由起枝選手のプロフィールや家族情報など。

中山由起枝選手のプロフィール

学歴(高校):埼玉栄高等学校

中山由起枝選手の家族

中山由起枝選手の結婚相手や子どもなど家族の情報。

中山由起枝選手の結婚相手(夫)は大山重隆選手

中山由起枝選手は2020年3月7日に結婚しました。

結婚報道時のツイート▼

結婚した日付は2020年3月7日ですが、結婚がマスコミに伝わったのが2020年12月4日で、翌日12月5日に報道されました。

結婚してから公表するまで期間が空いているのは、2020年のクレー射撃のシーズンが終わったタイミングで公表したかったからとのこと。

クレー射撃は、メンタル面が成績に大きく関わるスポーツといわれています。

マスコミや報道で結婚を知った人たちの反応など、シーズン中はなるべく集中力を欠く要因になることは、避けたかったのだと思われます。

結婚相手は大山重隆(おおやま しげたか)さんで、クレー射撃トラップ種目の選手です。

つまり同じ競技のアスリート同士での結婚となります。

共にクレー射撃をしているため共有できることが多く、国際大会の時には帯同することもあるそうです。

また、日本国内の大会では男女混合なので、夫婦でありながら互いに優勝を目指す戦友のような関係でもあります。

中山由起枝選手の子どもは一人娘

中山由起枝選手には、芽生(めい)さんという娘が一人います。

2020年3月7日の大山重隆選手との結婚は、初婚ではなく再婚で、娘は元旦那さんとの子どもです。

クレー射撃選手としてシドニーオリンピックに初出場した中山由起枝選手は、その後まもなく現役引退をします。

2001年に元旦那さんと結婚し、娘の芽生さんを出産。

2003年にクレー射撃選手として復帰します。

元旦那さんと離婚した時期ははっきりしませんが、再婚相手の大山重隆選手と2020年3月7日に結婚するまで、長らくシングルマザーとしてクレー射撃競技と子育てを両立していました。

元旦那さんが誰なのか名前や職業などの情報は報道されていないようなので、一般人の可能性が高いです。

離婚の理由は、中山由起枝選手が活発な性格で主婦でいることに次第に耐えられなくなったといわれています。

中山由起枝選手の出身学校・学歴

中山由起枝選手の出身中学校は、茨城県結城市にある市立結城中学校。

出身高校は埼玉栄高等学校。

高校卒業後に2021年現在も所属している日立建機に入社します。

2016年のリオデジャネイロオリンピックの後に、順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科に入学し、2019年3月に修士課程を修了しています。

大学院では、女性アスリートが活躍できる環境作りについて研究したとのこと。

中山由起枝選手はシングルマザーとして長らく子育てとクレー射撃を両立してきた経験から、既婚の女性アスリートやシングルマザーのアスリートはもちろん、女性アスリートたちが競技をしやすい環境・社会を築いていくことに強い関心を抱いています。

以前、プロ野球で活躍した桑田真澄さんが高卒で早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学し、修士課程で修士(スポーツ科学)を取得したことが話題になりましたが、中山由起枝選手も大学を卒業せず、最終学歴が高卒の状態で、順天堂大学大学院に入学したようです。

順天堂大学大学院の公式サイトにも(2021年5月28日閲覧時点で)

Q 大学を卒業していませんが出願資格はありますか?

A 大学卒業と同等の学力があると認められる場合は、出願資格を与える場合もあります。事前の審査を行いますので、教務課までお問い合わせ下さい。

出典:順天堂大学大学院の公式サイト

と表記されていて、学校側が認めれば高卒でも大学院に入学できる場合があります。

中山由起枝選手のソフトボール経歴

中山由起枝選手は埼玉栄高等学校時代は3年間、ソフトボール部に所属し、キャッチャーのポジションを務めました。

高校の寮で生活し、朝から晩までソフトボールの練習をしていました。

高校3年生の時に、夏の全国高等学校総合体育大会(インターハイ)で準優勝し、さらにMVPにも選出されるという結果を残しています。

その後、埼玉県選抜チームに選ばれて国民体育大会に出場しました。

この国民体育大会の会場で、クレー射撃を始めるきっかけに出会います。

中山由起枝選手がクレー射撃を始めたきっかけ

国民体育大会に出場した時に、後に所属することになる日立建機から「クレー射撃の選手としてオリンピックを目指しませんか?」とスカウトを受けます。

1996年当時、日立建機の社内ではクレー射撃部が創設されることになっていました。

中山由起枝選手が出場した国体が始まる前にあったアトランタオリンピックで、クレー射撃の競技を始めてから約3年でクレー射撃のダブルトラップ種目に出場した吉良佳子(きら よしこ)選手が6位入賞を果たしました。

(後に吉良佳子選手は、結婚して姓が変わり、三浦佳子さんになります。)

吉良佳子選手の活躍に影響され、会社の象徴となるアスリートを世に送り出したかった日立建機では、クレー射撃部を創設する話が持ち上がっていたのです。

2016年に開催されたリオデジャネイロ五輪までのオリンピックのクレー射撃で、日本人のメダル獲得者は一人だけです。

それが1992年のバルセロナオリンピックのクレー射撃トラップで銀メダルを獲得した渡辺和三(わたなべ かずみ)選手なのですが、ゆくゆくはメダル獲得できるような選手を育てたいとイメージしていたのかもしれませんね。

有望な人材を探していた日立建機は、中山由起枝選手に目をつけました。

ソフトボールで鍛えられた動体視力や、キャッチャーをしていて下半身がしっかりし、体幹がぶれないことなどが評価されたのです。

日立建機からスカウトを受けるまで、中山由起枝選手は大学か実業団でソフトボールを続けることを進路として描いていました。

突然、クレー射撃の誘いを受けて驚きますが、スカウトが熱心で迷うようになります。

今日までの活躍からわかるように、中山由起枝選手はクレー射撃をすることを決めるわけですが、決心した理由として

    • 中山由起枝選手の祖父がたまたま狩猟をしていたので、幼い頃から銃を見ていたこと
    • ソフトボールのような団体競技だけでなく、個人競技にも興味が沸いたこと
    • ソフトボール部の顧問が背中を押してくれたこと

    を挙げています。

    高校卒業後に入社した日立建機では、入社後すぐにクレー射撃の強豪国であるイタリアに1年半の留学します。

    日本では銃刀法で基本的に20歳以上にならないと、免許を取得できないので、それまでの期間、銃の本場のイタリアで学ぶことが理由だそうです。

    そしてクレー射撃の競技を始めてから2年余りの2000年に、中山由起枝選手はシドニーオリンピックの出場を果たします(ダブルトラップで予選13位)。

    前述の通り、その後すぐに競技を引退して、結婚と出産を経験し、2003年に復帰します。

    2008年の北京オリンピックに出場し、女子トラップで4位にまで上り詰めました。

    2012年のロンドンオリンピックでは予選15位。

    2016年のリオデジャネイロオリンピックで予選20位。

    東京オリンピックのクレー射撃トラップでも出場が内定しています。

    5度目の出場となる東京オリンピックでは、メダル獲得を目指します。